毛氏書童王文祥

魏碑(ぎひ)

菩薩蛮    黄鶴楼    1927年春

 

茫茫九派流中国

沈沈一線穿南北

煙雨莽 蒼蒼

亀蛇鎖大江

 

黄鶴知何去

剩有游人処

把酒酹滔滔

心潮逐浪高

 

[日本語版]

ぼさつばん こうかくろう

菩薩蛮    黄鶴楼    1927年春

 

ぼうぼう  ここの かわ ちゅうごく

茫茫たる 九つの 派 中国を流れ

ちんちん  いっせん  なんぼく うが

沈沈たる  一線  南北を  穿つ

けぶ あめ  ぼう そうそう

煙れる雨  莽   蒼蒼

かめ  へび  たいこう  とざ

亀と 蛇と  大江を  鎖す

 

こうかく いずれ  さ   し

黄鶴   何へ 去れるを知らんや

のこ   あ   ひと  あそ   ところ

剩されて有るは 人を 游ばしむる所

さかずき も  とうとう そそぎちか

酒を  把ちて滔滔たるに酹えば

むね うしお なみ お   たか

心の 潮  浪を 逐いて高まりくる

 

 

 長江ははてしなく、多くの支流をひきつれながら、西から東へと、わが中国を流れている。重い感じるのレールが黒く光りながら南北をただ一すじに貫いている。細かい雨が降って、広々とした風景は深いあおい色につつまれた。そのなかで亀山と蛇山が長江をはさんで、がっしりと革命の本拠、武漢三鎮を封鎖し、守っている。

 昔の伝説の黄鶴はどこへいったのだろうか、行方は私も知らない。あとには散策.眺望の場所が残っているだけであるがそれが何になろう。私は古代の儀式にならって酒杯をとり、高い浪をあげてとうとうと流れる長江に酒をそそぐ。すると、しだいに高く荒れる長江の浪を追うようにして、私の胸中の浪も、高まり、激しく荒れるのである。