作品集
王文祥は毛主席の書にある雄大なる気迫、ロマンチック、豪快な書風をよく学んだ上、改革開放という創造求新の時代の流れを踏まえ、個人の趣味を加え、自分なりの書を形成した。その作品は力強さと柔らかさが並存、端正の中に流暢が見られ、厳粛の中にロマンチックがあふれ、大家の風範を示している。彼は甲骨文、大篆、小篆、隷書、漢簡、魏碑、行書、楷書、草書、行草、章草、痩金体にわたる12種類の書体を精通するのに加えて、毛体(毛沢東)にも心得がある。13書体でそれぞれ「毛沢東詩詞集67首」を書き終わり、全部で13冊である。これは古今書道史においても初めてのことだし、書道の伝統を受け継ぐ上には大きな意義がある。彼の行草は龍蛇が走るごとく、自由奔放、気象万千;篆書は秀麗精美;魏碑は沈着穏重、端正流暢;甲骨文は古拙重厚、典雅厳粛。13種類とも規範を厳守して、すばらしいである。
念奴嬌 赤壁懐古
(宋)蘇東坡
大江東去
浪淘尽 千古風流人物
故塁西辺
人道是 三国周郎赤壁
乱石崩雲
驚濤裂岸
捲起千堆雪
江山如画
一時多少豪傑
遥想公瑾当年
小喬初嫁了
雄姿英発
羽扇綸巾
談笑間 強虜灰飛煙滅
故国神遊
多情応笑我
早生華髪
人間如夢
一尊還酹江月
[日本語版]
ねんどきょう せきへきかいこ
念奴嬌 赤壁懐古
たいこう ひがし さ
大江 東に 去り
なみ とうじん せんこ ふうりゅう じんぶつ
波は 淘尽くす 千古 風流の 人物
こるい せいへん
故塁の 西辺
ひという これさんごく しゅうろう せきへき
人は道う 是れ三国の 周郎の 赤壁なりと
らんせき くも くず
乱石は 雲を 崩し
きょうとう きし さ
驚濤は 岸を 裂き
ま お せんたい ゆき
捲き起こす千堆の 雪
こうざん えが ごと
江山は 画けるが 如く
いちじいくばく ごうけつ
一時 多少の 豪傑ぞ
はる おも こうきん とうねん
遥かに 思う 公瑾の 当年
しょうきょう はじ か お
小喬 初めて嫁し了わり
ゆうし えいはつ
雄姿 英発なりしを
うせん かんきん
羽扇 綸巾
だんしょう かん きょうりょ はい けむり ほろ
談笑の 間 強虜は 灰と飛び煙と 滅びぬ
ここく こころ あそ
故国に 神は 遊ぶ
たじょうまさ われわろ
多情 応に我を笑うべし
つと かはつ しょう
早に 華髪を 生ぜしを
じんかん ゆめ ごと
人間は 夢の 如し
いっそん ま こうげつ そそ
一尊 還た 江月に 酹がん
大江は東へと流れ去り、波は千載(せんざい)の古(いにしえ)よりこのかた、この世に現れた英雄をことごとく洗い流してしまった。古い砦(とりで)の西のあたりを、人は、三国の雄、呉(ご)の周郎(周瑜)の戦った赤壁だという。赤壁の遺跡のあたりは、大小ふぞろいな岩が雲を突きくずすほどに高くするどく、さかまく波が岸を裂き、まるで、うずたかく積もった雪をまきあげるかのよう。江山は絵さながらのたたずまい。かつてここに群がった豪傑は、いったい、どれほどいたことであろうか。
想いをめぐらせば、赤壁の戦いのその昔、公瑾(周瑜)は、小喬が嫁入りしてきたばかりで、雄々しい姿に才知があふれていた。羽扇(はねおうぎ)を手にとり、頭巾(ずきん)をかぶり、にこやかに談笑している間に、強敵.魏の水軍は灰のように飛び、煙のように滅びてしまった。こころは、かく赤壁の故地をめぐる。多情なわが身のおかしさよ。それゆえに憂い多く、はや髪も真っ白なのだ。人の世は夢のごとし。またひと樽(たる)の酒を地にそそいで、江上の月に祈りをささげよう。
訳詩by「蘇東坡100選」 石川忠久 日本放送出版協会
送り仮名が漢字とあわせていないところは多々あるので、読者の皆さんご注意ください。
沁園春 雪 1936年2月
北国風光
千里氷封
万里雪飄
望 長城内外
惟余莽莽
大河上下
頓失滔滔
山舞銀蛇
原駞蠟象
欲与天公試比高
須晴日
看 紅装素裏
分外妖娆
江山如此多嬌
引無数英雄競折腰
惜 秦皇漢武
略輸文采
唐宗宋祖
稍遜風騒
一代天驕
成吉思汗
只識彎弓射大雕
倶往矣
数 風流人物
還看今朝
[日本語版]
しんえんしゅん
沁園春 雪 1936年2月
ほくこく
北国の風光よ
こおり ふう
千里の氷 封じ
ひるがえ
万里雪飄る
長城の内と外を望めば
た ぼうぼう あま
惟だ 莽莽たるを余すのみ
大河の上下
とうとう
たちまち 滔滔たるを失う
ぎんだ
山には 銀蛇舞い
ろうぞうかけ
原には蝋象 馳り
てんこう くら こころみ
天公と 高さを比ぶるを試んとす
ま
晴れし日を須ち
くれない よそおい しろ ころも み
紅の 装と 素き 裏を 看れば
あや なまめ
ことのほか 妖しく 娆かしからん
こうざん いたくなまめ
江山 かくのごと多嬌かしく
いざない われがち じぎ
無数の英雄を引て 競に 折腰をせしめぬ
おし しんこう かんぶ
惜しむらくは 秦皇 漢武
すこしく ぶんさい ま
略 文采において輸け
とうそう そうそ
唐宗 宋祖
やや ふうそう ゆず
稍 風騒において遜る
てんきょう
一代の天驕
ジンギスカン
成吉思汗も
おおわし い し
ただ 弓をひきて大雕を 射るを識るのみ
みな すぎにけり
倶 往矣
ふうりゅう
風流の人物を数えんには
こんにち み
なお 今日を 看よ
北国の風光のすばらしさはどうだ。千里のかなたまで氷に覆われ、万里の空間に雪は舞う。
眼をこらして眺望するが、長城の内も外も、ただどこまでも白い。黄河の上流も下流も、はや氷が張って、滔滔たる流れが見えないのが惜しい。山には銀蛇が舞うような吹雪、そして、白い聖象が走るような高原。美しいばかりでなく、天の太陽と高さを比べようとする潑剌たる生気にあふれているこの北方の大自然。
晴れた日になれば、太陽の赤い光が雪のうえに燃え、赤と白と、まるで美人の衣装のようにあでやかに映えることだろう。
ああ、わが祖国の山河は、かくも人を魅する力をもっている。この魅力に引かされて、歴史上、数え切れぬ英雄たちが、功業をこの祖国のために捧げ、祖国に敬意を示したのだ。
だが、その英雄たち‐‐秦の始皇帝や漢の武帝はなるほど文化面に功績はなくはなかったが、文章の力量においてややもの足りぬところがあり、唐の太宗、宋の太祖もなかなか文化的な君主ではあったが、後人に追慕される文学上の魅力においてやや劣るところがある。
天の驕児として一世を風靡したジンギスカンはどうか‐‐弓を満月のように引き絞って、大雕を射落すことだけは、上手だった。
すべては過去の人物だ。
思想も感情も豊富で、新しい社会の意気を創造する、すぐれた人物いでよ、と待望するなら、過去にではなく、この現代の、革命的な人民大衆にこそ、眼を向けなければならない。
訳by「毛沢東その詩と人生」 武田泰淳.竹内実
文芸春秋(株)発行
